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森田主馬さんに訊く!福生昔ばなしやなんやかんや!其の四
「祭囃子が聞こえてきたよ〜」ということで、
あのお話を!?このタイミングで!?
再開したいと思います。
みなさまも僕も、
前に伺ったお話をすっかりお忘れかと思いますので、
これまでのお話を振り返りつつ、
森田主馬さん(大正14年生まれ)のお話を、
お楽しみいただけたら幸いです。

〜これまでのお話をプレイバック〜
其の一 その中で今でも生きているのは6人。
其の二 ただ乾燥させるんじゃなくて手で揉むの。
其の三 手をあげて停めちゃったんだってさ。





森田主馬さん

「神輿担ぎたくてしょうがなかった」

主馬さん
福生にはね、祭り太鼓っていうのがあったんだ。
お囃子とはちょっと違う。
そういうものを教えてもらってね、
忠実に守っていたんですよ。


大仏
ふむふむ。


主馬さん
お祭りでね、神輿を担ぎたかったんだけど、
私はいつも太鼓を叩いてたの。
楽しそうに神輿担いでいる人を、羨ましく思いながら。


大仏
ちょっと切ないですね。。


主馬さん
3年生以下の人が太鼓なんです。
太鼓叩く人は4人くらいいてね。
あと笛を吹く人、これはだいたい大人かな。
太鼓叩く以外の人は提灯持ちっていって、
提灯持って太鼓のあとを歩く人。
だからまだ提灯持って歩くよりも、太鼓叩いてた方が良かった。
なんか優越感があって。
それはね、上手だったからそんなことだったんだけれど。
実際心の中じゃ、
神輿担ぎたくてしょうがなかった。


大仏
(これから太鼓叩いている人にも注目します!)


主馬さん
ハチマキの色でね、
あれは何係っていうのがわかっちゃうの。
うちにはいつも空色のハチマキが来るんです。
「これ絞めて出ろ」なんて言われて。
そうすると太鼓叩きに決まってるんだ。
御神輿担げない。
そういう伝統があったの。
そこでね、一所懸命叩いてみんなに褒められたけど、
心の中は嫌で嫌でしょうがなかった。








「そんなことでだんだんだんだん」

主馬さん
たまたまね、福生の牛浜というところにお囃子があったんです。
お地蔵様があってね、お祭りに叩いたんですよ。
それをね、羨ましく思った。
だけど習うことはなかったねぇ。教えてくれなかった。
教えてくれないから聞いてるうちに覚えちゃった。
笛の音とかね、叩く音とかね、
そういうの聞いてると子供は覚えるの早いんですね。
それが私のお囃子なんかのはじまりなの。


大仏
(耳コピ!?)


主馬さん
ええー、そんなわけでそこに額があります。
あそこに習った町会の名前が書いてあるでしょ?
(お部屋に飾られた額を指差しながら)
そういう組がね、
さっきも言ったように文化が変っちゃって、
お囃子だとかお神楽だとかをやる人は忘れられちゃったんですよ。

それでもね、一年に一回はお祭りがあるわけ。
そうするとそういう文化じゃお祭りにならないの。
新しいヨーロッパ文明のね、
楽器を奏でたってお祭りにならないんです。
昔のものが、その日だけは一番大事になってくるわけ。


大仏
確かにお囃子や御神輿がないお祭りは...


主馬さん
NHKが昔『ふるさとの歌まつり』っていう番組をやっていて。
宮田輝っていう人が司会で。
いろいろな伝統文化を放送したんですけど、
全国放送で大評判だった。
その番組がね、何十年って続いたの。
そこでむかーしのもの、
『文化』っていうものが素晴らしいってことになって。
今、浅草っていうとすごいお祭りやるでしょ?
ああいう文化が復興しちゃったんですよ。


大仏
おお〜。


主馬さん
そのときにね少しだけども、
お線香の火が灯っているくらいに残ったのがね、
何人か福生にもいたわけ。
今はいませんよ。みんな死んじゃってますね。
で、私だけなんだわ。
居るかもしれないけど、ちょっと年齢が若いんだね。

いつから出来たということ(福生のお囃子事情)は、
年寄りが話して、聞いてれば憶えているし、
聞く気がないで、ただ興味があって太鼓だけ習った人は、
どうなっていたのかはわからないはず。

そんなことでだんだんだんだん、
福生のお祭りも盛り上がってきたわけ。
で、いまに続いている。
それは蛍の光くらいのことなんだけど、
私の自慢話。
世界的には蛍の光にも届かない(笑)。
そんなことですよ。






森田主馬さん

超あいだをあけまくりでお送りした、
主馬さんのお話いかがだったでしょうか?
「神輿もいいけど太鼓もね」
新しいお祭りの楽しみがひとつ増えた、
そんな気がする夏祭り前。
福生七夕まつりがはじまる前くらいには、
全編投稿できたらと思っております(汗、こまめな水分補給を忘れずに!)。





福生七夕まつり

神輿と山車の競り合いが見所!
2015年の『福生夏祭り』は、
7月25日(土)・26日(日)に開催されます。
この夏祭りは、神輿や山車が、町会・自治会ごとに市内を練り歩き、子どもから大人まで楽しめる福生の代表的な行事の一つです。
 中でも盛り上がりを見せるのは、市内各会場で行われる神輿と山車の競り合いです。大勢の観客が見守る中、お囃子と威勢のいい掛け声が響き、その勇壮な姿を披露します。
 それぞれの町会・自治会が工夫を凝らし、地域の絆を深める大切な交流の場となっています。皆さんも夏祭りに参加し、福生の夏を感じてください。
【日程】7月25日(土)・26日(日)
〜福生市公式HPより〜
http://www.city.fussa.tokyo.jp/…/month/m1cpmb000003m80s.html

関連リンク
■福生七夕まつりでのお囃子やお神輿や山車など。
http://fussa.underhead.jp/?eid=789992




今日もありがとうございました。
緑の大仏

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森田主馬さんに訊く!福生昔ばなしやなんやかんや!其の三
今回は以前から大仏が気になっていた、
『福生の森田さん』について、
ちょこっとお話を伺ってみました。
お話の内容は前回同様、
貴重な貴重な言い伝えであります。

〜これまでのお話をプレイバック〜
其の一 その中で今でも生きているのは6人。
其の二 ただ乾燥させるんじゃなくて手で揉むの。



森田主馬さん

「手をあげて停めちゃったんだってさ」

主馬さん
たとえばね、お祭りとかね。 
私たちがやってるお囃子がね、
いつ頃伝わったのかとか、
そんな話になると枝葉つけて、
面白おかしく話が出来るんですけども、
「ここを知りたい!」なんて、
急所を掴まれると、ダメだね(笑)。


大仏
図書館などで福生のことを調べていると、
よく森田家が出てくるんですが、
その森田家が蚕をやっていたりとか、
中福生大学という学校を開校したりだとか、
そんなことが書かれていたんですけど、
その森田さんと主馬さんは関係があったりするんですか?


主馬さん
福生の森田っていうのはね、
一応ね、尊敬されてる、
一目置かれている森田があって。


大仏
一目置かれている森田さん。はい。


主馬さん
近くに五日市線が走っていますね?
その五日市線に熊川駅っていうのがあるんです。
駅員さんも駅長さんもいない駅。
プラットホームだけなの。


大仏
ありますね。


主馬さん
電車はちゃんとそこでは止まって、
乗客も乗り降りしているの。
なぜあそこに60メートルくらいの、
プラットホームがあるのかわかります?


大仏
需要があったからでは…
でもそういわれると、
確かに拝島駅からの距離が、
近すぎな気がしなくもないですね…


主馬さん
昔あの辺りに、
まゆから生糸を作る会社があったの。
そこの社長がね、森田さんで。
大地主だったんだね。
で、大金持ちですから、
五日市線を作るにあたって株主になったんでしょう。
大株主ですから、その人は電車が来るとね、
手をあげて停めちゃったんだってさ。
そのとき駅はないですからね。
そうすると時刻表なんてものは、
無視されてしまうじゃないですか。


大仏
はい(笑)。


主馬さん
で、停まるところを一定にしてほしいと。
「一定にするにはどうするんだ?」
「プラットホームを作れば停まります」
ということで、
その人たった一人が乗るための、
プラットホームが60メートル出来たのが、
熊川駅のはじまりだと(笑)。
これも私が個人の人から聞いたお話。


大仏
言い伝えですね(笑)。


主馬さん
そんな著名な森田さんがたくさんいる。
その中で私のところはどうなっているんだ?
といいますと、
元禄3年というね、お墓に墓石があるんです。


マメ 
清岩院のところに。


主馬さん
で、森田なになに、
なんとかなんとかこじって書いてある。
もう読めないです。苔が生えちゃってね。


ここから主馬さんのご先祖のお話を詳しくうかがいましたが、
かなりプライベートなお話のため割愛させていただきます。


その後森田家には、
競馬の騎手をやった人がいてね。
うちの親父さん、お父さんがジョッキーだったんです。


マメ
ひいおじいちゃんだね。


主馬さん
うちの森田だと、
自慢することはそんなことくらいで。





森田主馬さん

熊川駅が誕生したエピソード、
もし本当だったら面白いですねぇ。
次回はお囃子や戦時中のお話に突入!(予定)
お楽しみに♪

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■福生七夕まつりでのお囃子やお神輿や山車など。
http://fussa.underhead.jp/?eid=789992




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緑の大仏

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森田主馬さんに訊く!福生昔ばなしやなんやかんや!其の二
福生の伝統文化を継承するような文献が存在した!
が、今はそれが全て無くなってしまっている。
「どーしてどーして!?」
というお話の続きです。

〜これまでのお話をプレイバック〜
其の一 その中で今でも生きているのは6人。




森田主馬さん

「ただ乾燥させるんじゃなくて手で揉むの」

主馬さん
もっと生活に大事なもの、
お茶を作るときに使ったの。


大仏
お茶ですか。


主馬さん
この人(マメ)の家に行ったことある?


大仏
はい。


主馬さん
入っていく途中に茶の木があって。


マメ
いや、今はもうないですねぇ。


主馬さん
あ、なくなちゃった?(笑)
ええー、茶の木はなくなったそうです。


大仏
はい(笑)。


主馬さん
どこの家庭でもね、主に農家ね。
農家の人はそういうことやったから。
垣根の代わりなんかでお茶の木があるわけ。
屋敷の中に茶畑を持っている人もいた。

お茶を作るためには、
まず若い人たちに頼んで、
5月頃お茶の芽をとって、
それを籠に入れて、
その取れたお茶の芽を籠ごと量りにかけて、
どこの人が何グラムとったと、
そして帰りにね、お金を払ったの。
これね、お茶摘みっていうの。


大仏
は、はい。…それと和紙の関係は?


主馬さん
みんなそういう人に頼んで、
芽を摘んでもらったの。
報酬として、その取り高によってお金を払って。
それをこんどは蒸気をかけて蒸すんですよ。
蒸し終わったものをこんどは乾燥させるの。
ただ乾燥させるんじゃなくて手で揉むの。
手で揉んでね、お茶の葉みたことある?
急須に入れる前のお茶。 


大仏
はい。






森田主馬さん 東京都福生市
大仏が持って来た最中の箱を教材に

「ありません。言い伝えです」

主馬さん
それをねぇ蒸すわけ。
蒸すときにはねぇ、あ、これ教材に使っちゃ悪いけど(笑)。


大仏
どーぞどーぞ。使ってください。


主馬さん
枠があてね、
外側にこれをひっくり返すと、
ここに針金があってね、底が落ちないようになってるの。
大きさはねぇ、2メートル半くらい。

炭を真っ赤にしてね、
その上に藁の灰を乗っけて、
その上にホイロっていうのを乗っけて、
中にお茶を入れてね、
それでね、手揉みするの。

底は紙なんですよ。紙の下は火です。
火が真っ赤になっているんだけど、
上が紙だからここに少しずつ灰を撒いてやるわけ。
だけど火力ってのがあって、
ここがどんどん焦げて燃え落ちるじゃないですか?
そうすると糊があって、紙にさっと糊付けして、
焦げたところにぱっと貼るわけ。
それでね、こう、揉んでるわけ。
そうすると次から次に焦げてくるでしょう?
で、また糊をつけてやるわけ。
そんな危ない紙でやらないで、
どうして金属でやんなかったのかと思うけども、
金属だと焦げてすぐ燃えちまうわけ。
やはり紙なんですよ。
その紙に昔の…(笑)


一同
(笑)


主馬さん
古い文献を(笑)、
それに貼ってほとんど燃え尽きちゃった。
これはどこでもお茶つくるところはみんなやるから。
中にはわざわざ持って来てくれる人がいるわけ。
「昔の紙だから」なんていって。
「文献」とは言わないんだよ(笑)。
「昔の紙で丈夫だから使いなさい」なんて言ってね。
親切にわざわざ貴重な文献を持ってきてくれて。

それを貼ってお茶を作っていたわけ。
だから古い家の名家、
何百年も続いている家ほどお茶をたくさん作るから、
そういう貴重な文献を、
もう有効期限が過ぎれば出して燃やしちゃったの。
これは自然に燃えちゃったんだ。
要らないからじゃなくて貴重なお茶を作るために。

お茶の名産というと、静岡の清水とかね、
近くは狭山茶とかあるけども、
狭山茶は今私が説明したような、
作り方をしていたと思うの。
今は新しい機械が出来て、
それでやっていると思うんだけど、
今から3、40年前まではそういうやり方なの。


マメ
割と最近までそうだったんだ(笑)。


主馬さん
たぶん清水の方でもそういうやり方をしていたから、
それが多摩の方まで伝わって来た。
 
この辺は東京っていいますけど、
今から100年前までは神奈川県東多摩郡って言ったんです。
一番偉い人が江川太郎左衛門という代官なの。
その配下だった。
で、明治に神奈川県になったわけ。

なぜ神奈川県だったのが、
東京都になったのかというと、
そこの経緯は私が子供のときに聞かされなかったけれど、
たぶん玉川上水があって、
これが東京の命の水だったんです。
そんな関係で東京都になったのかなぁと、
これを教えてくれた人がいないから、私に。
小学校でも中学校でも高校でも、
そういうことを教科書が教えてくれなかったから、
憶えてないの。
私なんかより10歳くらい上の人たちが、
「そんなことじゃないのかねぇ」と、
クエスチョンマーク付きで教えてくれたの。
「それで東京になった」と。
で、そこからそういうお茶の作り方が伝わったのかなぁと。

「今の説明の根拠はなんだ?」って言われたら、
「ありません。言い伝えです」と(笑)。
この言い伝えが正しいのかどうか、
それを判断する人は今いません。
お墓行ってもお返事は返って来ません(笑)。
そんなわけ。

長いお喋りでしたが…
それが今、これから話すお話が、
「たいしたことないなぁ」と思っていただく為の説明で(笑)。


大仏
いやいやいや(笑)。






森田主馬さん

たいしたことある有難いお話はまだまだ続く。
次回もお楽しみに〜♪

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緑の大仏

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